長い間投稿していなかったが、元気にやっていました。
久しぶりに投稿するのは身近な人の死があったからです。
パラグアイに来てから知り合いが多くなったからなのかここ4ヶ月頻繁に死の知らせを聞きます。ホストファザーのお母さん、カウンターパートの兄弟、語学の先生の姉妹。ペットも入れるなら、私の保護した猫ちゃん、私の日本にいる16歳の愛犬、家族の犬も先日バイク事故で亡くなりました。その度に落ち込んでいました。そして昨日同居している90代のおばあちゃんが亡くなりました。
数日前に風邪で体調を崩してから、あまり回復しないなと病院にいっていました。心臓のエコーをすると大動脈弁の狭窄が重度でした。大動脈弁狭窄症(AS)は私の勤めていた病棟でもTAVIというカテーテル治療の患者さんを受け入れていたので多少知識があります。家族はエコーを持って帰って来ていますが、ASについて説明は受けていない様子でした。私は心負荷減らした方がいいからと考えて…利尿薬とかの処方はある?とか質問していましたが、医師はなにも出していませんでした。血圧の薬をやめたくらいです。なにより高齢なのでということでしょう。しかしホストファミリーはほかに何ができると思う?と私に問い掛けます。心拍数も高く、血圧も低い。しかしおばあちゃんは体を起こして私と笑顔で話し、私の手をあったかいねぇと強く抱きしめていました。私はホストマザーにいろんな人を呼んで話してもらうことをお勧めしました。次の日訪れると、少し血圧が上がっていました。もっと穏やかな彼女をみて安心していました。私はなぜか発熱していたので(その後私のインフル+判明)最小限の接触に勤めていましたが彼女は帰らないでとずっと私に話しかけていました。話しながら彼女は疲れて寝てしまったので、私は部屋に帰りました。これが最後の私たちの会話でした。
日本にいたらどうする?と聞いてくる人もいました。TAVIかな…と思いつつも、ここには健康診断がなく、彼女自身あまり病院が好きではなかったので長年行っていませんでした。彼女は望まないと思います。AS自体が加齢変化の部分が大きいのでTAVIの適応は高齢者です。認知症で安静の守れない、自分が何を受けるかも理解していない患者さんもたくさんいました。最期、おばあちゃんはあまりご飯も食べれませんでしたが補液の点滴をすることもなく、穏やかな安らかな自宅での最期でした。最期までしっかり話していました。
ターミナルケアとかアドバンスドケアプランニング(ACP)とかすごい今の私にとっては懐かしいですが、そんなものなしで、なんて理想的な最期なのだろう。そう思いました。わかりません。彼女が90代の大往生だからそう思うだけかもしれません。医療の進歩って本当にいいことなのだろうか。患者が望んでもいないのに、あれこれたくさんの検査をして病気がわかってしまったから治療をする。老人ホームのおじいちゃんが胸の痛みを訴えて入院してきたことがありました。迅速な対応とカテーテル治療で一命を取り留めましたが、本人はあの時に死にたかったと言います。
パラグアイにきてまもない頃、癌だという他のおばあちゃんにあいました。もう何も治療できないと言いました。そして日本はいいね、日本ならきっとこれを治せたんだともうわ。と言いました。
なんとしても命を助かりたいという価値観は人によってさまざまです。しかし日本で働いていた頃は助かってしまう命、倫理的にどうしようもなく助けてしまうしかない命というものにもたくさん出会っていました。本人の希望ではなく、家族の希望なども多いです。私たち医療者は違和感を抱えて働いていました。
私はこの自然で穏やかな死をみて羨ましいとさえ思いました。なんて理想的なのだと。長い間多くの人々に慕われ、こんなスペイン語しか喋らないのにスペイン語も不自由な私の話し相手になってくれた優しい人。(いつもはグアラニー語で話してる)ガラナが大好き。いつも近所の売店まで一緒に行ってたね。車が来るたび、とんでもない力で私を引っ張っていたね。愛情深い人だった。この8ヶ月私の仕事の帰りを笑顔で迎えてくれたおばあちゃん。私が夫を日本に置いて行っていることを心底信じられないと言いつつ、考えの違う日本人の話を一生懸命聞いてくれた。あなたのような人になりたいです。
世界の医療の発展やアクセスの向上などはもちろん願っていますが、日本の医療ではならなかったであろうこの状況がとてもいいと思ったのです。何よりの一番は、すべてのアクセスができる状態で選択肢が当たり前のように与えられるということだと思います。
個人的に熱があってインフルになった状態でこの状況にでくわして、メンタルがかなり落ちていました。ここに書くことで少し落ち着きました。でもまとまりのない文でごめんなさい。
世界の医療の公平を祈ってボランティアになった私です。このようにパラグアイから学ぶことの方がおおいです。
わああとから読んだらまとまりのない文章でしたね。でもそれも含めて記録です。